- 6月 4, 2025
妊娠中・授乳中の薬は赤ちゃんに影響する?安全な服薬の基礎知識と注意点

妊娠中や授乳中に体調を崩したとき、「薬を飲んでも大丈夫?」と不安になる方は多いのではないでしょうか。
赤ちゃんへの影響を心配するあまり、必要な治療を受けずに症状を我慢してしまうケースも少なくありません。
ましてや、医師もこの分野に関しては知識が曖昧であり、中には妊娠や授乳中であることを理由に診療や処方を拒否したり、「赤ちゃんがどうなってもいいのなら処方する」などと無責任な発言をする医師もいます。
医師ですらこのような状況なので、そうでない皆さんはネットの情報過多社会の影響もあり不安ははかりしれないとおもいます。
しかし、正しい知識があれば、母子の健康を守りながら適切な治療を受けることができます。
今回は、妊娠・授乳期の投薬について詳しく解説いたします。
私はこの分野で数多くの講演や医師向けのレクチャー、執筆や出演も行ってまいりました。
専門は?と問われれば、「妊娠・授乳中の薬」かもしれません。
【妊娠中の薬物療法】胎児への影響と安全性分類を理解しよう
妊娠期間中の薬の影響とは
妊娠中に服用した薬が胎児に与える影響は、妊娠週数によって大きく異なります。
妊娠反応が陽性になるまでに母親が摂取した薬物やお酒・タバコなどの影響は全て修復されるが、流産に至るか「全か無かの法則(All or nothing)」のいずれかの経過をとると考えられています。
その後の妊娠初期(妊娠4~12週)は、胎児の重要な器官が形成される「器官形成期」と呼ばれる時期です。この時期は先天異常の影響を最も受けやすい時期と言えます。
一方、妊娠中期以降は手足や臓器などの器官形成がほぼ完了するため、初期に比べて薬の影響は限定的になります。
ただし、胎児の成長や機能に影響を与える薬もあることを知っておきましょう。
FDA(アメリカ食品医薬品局)による安全性分類
従来、妊娠中の薬の安全性は、FDAによってA・B・C・D・Xの5段階に分類されていました。
現在は廃止されていますが、わかりやすい分類でもあったため紹介します。
カテゴリーA:妊婦での安全性が確認されている薬 適切な研究で妊婦や胎児への危険性が認められていない薬です。
カテゴリーB:動物実験では安全だが、妊婦での研究が不十分な薬 動物実験では問題がないものの、妊婦での十分な研究がない薬です。
カテゴリーC:リスクを否定できないが、必要に応じて使用される薬 動物実験で副作用が認められるか、十分な研究がない薬です。
カテゴリーD:胎児への危険性があるが、母体への利益が上回る場合に使用 胎児への悪影響は認められますが、母体の状態によっては使用が検討される薬です。
カテゴリーX:妊娠中は絶対に使用してはいけない薬 胎児への危険性が利益を明らかに上回る薬で、妊娠中の使用は禁止されています。
現在の安全性評価システム
2015年以降、FDA分類は廃止され新しい表示システム「PLLR(Pregnancy and Lactation Labeling Rule)」を導入しています。
この新システムでは、単純な分類ではなく、より詳細な情報を提供しています。
妊娠中のリスクとベネフィット(利益)を個別に評価し、医師と患者が一緒に判断できるようになりました。
日本でも、この考え方を参考にした指針が作られており、より個別化された治療が可能になっています。
妊娠中に比較的安全とされる薬
解熱鎮痛薬:アセトアミノフェン(カロナールなど)は妊娠全期間を通じて使用可能です。
抗生物質:ペニシリン系やセフェム系抗生物質は一般的に安全とされています。
胃薬:制酸剤や一部の胃酸分泌抑制薬は使用可能です。
便秘薬:酸化マグネシウム/マグミットやモビコールなどの浸透圧性下剤や、ピコスルファートナトリウム/ラキソベロンなどの一部の刺激性下剤は適切に使用すれば問題ありません。
ただし、これらの薬も医師の指導のもとで使用することが重要です。
【授乳中の投薬】母乳への移行と赤ちゃんへの安全性
授乳中の薬物動態とは
授乳中に服用した薬の多くは、程度の差はあれ母乳中に分泌されます。
多くの薬剤は妊娠中と比較すると乳児への影響は少なく、一部の例外を除いて安全に使用することができます。
母乳中への薬の移行量は、薬の性質や母体での代謝によって決まります。
分子量が小さく、脂溶性が高い薬ほど母乳中に移行しやすい傾向があります。
しかし、母乳中に移行したからといって、必ずしも赤ちゃんに影響があるわけではありません。
重要なのは、赤ちゃんが実際に摂取する薬の量と、その薬に対する赤ちゃんの感受性です。
授乳と薬に関する判断基準
授乳中の薬の使用については、以下の要素を総合的に判断します。
母乳中への移行量:薬がどの程度母乳中に分泌されるか
赤ちゃんの年齢:新生児は薬の代謝能力が未熟で影響を受けやすい
授乳頻度:授乳回数が多いほど赤ちゃんの摂取量が増える
治療の緊急性:母体の治療がどの程度重要か
これらの要素を考慮して、授乳継続の可否を判断します。
授乳中でも比較的安全な薬
日常的に使用される薬剤は、ほとんどが安全に使用できますが、特に安全性が高いということが確認されている薬剤を用いることが安心感に繋がります。
解熱鎮痛薬:アセトアミノフェンやイブプロフェンは短期間なら使用可能です。ロキソプロフェンなどの鎮痛薬も問題ないと考えられています。
抗生物質:ペニシリン系、セフェム系、マクロライド系の多くは使用できます。
抗アレルギー薬:ロラタジンやセチリジンなどの第二世代抗ヒスタミン薬は比較的安全です。花粉症で用いられるほとんどの薬剤は概ね安全に使用できると考えられています。
胃薬:プロトンポンプ阻害薬やH2ブロッカーの多くは使用可能です。
ただし、実際の服用や期間・量については医師との相談が必要です。
授乳中に注意が必要な薬
向精神薬:抗うつ薬や抗不安薬の一部は赤ちゃんに傾眠傾向(うとうとしやすくなる)が生じる可能性があります。
抗がん剤:多くの抗がん剤は授乳中の使用が制限されます。投薬中の授乳が禁止される数少ない薬剤の一つです。抗がん剤の種類を問わず、一般的に授乳の制限が推奨されます。
医療用麻薬:咳止めなどで使用されるコデインや、がんや非がんの疼痛で使用されることのある医療用麻薬も授乳中の投薬は推奨されません。
一部の抗生物質:ニューキノロン系など一部の薬剤は小児への使用を避ける必要があることから、授乳中の服用は適さないとされていますが、お母さんの治療のその抗生物質が必要であれば授乳中であっても使用可能です。
甲状腺治療薬:甲状腺機能亢進症に使用されるメルカゾールなどは乳児の甲状腺機能を抑制する可能性があるため、一定量以上を服薬中は授乳の制限を考慮する場合があります。
これらの薬が必要な場合は、一時的な授乳中断や人工栄養への切り替えが検討されます。
【安全な服薬のために】医師との相談と正しい判断方法
かかりつけ医との連携の重要性
妊娠・授乳中の投薬については、必ず医師に相談することが基本です。
産婦人科医だけでなく、他科を受診する際も妊娠・授乳中であることを必ず伝えましょう。
薬局で市販薬を購入する場合も、薬剤師に相談することをお勧めします。
複数の医療機関を受診している場合は、お薬手帳を活用して情報を共有しましょう。
セルフメディケーションの注意点
市販薬の中にも、妊娠・授乳中に注意が必要なものがあります。
NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬):イブプロフェンやロキソプロフェンなどは妊娠中に注意が必要です。
総合感冒薬:複数の成分が含まれているため、個別の安全性確認が困難です。原則として使用を推奨しません。市販薬の「タイレノール」は主成分がアセトアミノフェンであり妊娠・授乳中であっても安心して使用することができます。
漢方薬:天然成分でも妊娠・授乳中に適さないものがあります。明らかな有害性も立証されていませんが、服薬に関しては医師と相談してください。妊娠中にしばしば処方される当帰芍薬散は、概ね安全だろうという認識がされています。授乳中は特に制限がないと考えても差し支えありませんが、安全性が立証されているわけではないという側面にも注意を払う必要があります。
緊急時の対応方法
体調不良が急激に悪化した場合や、発熱などの症状が出現した場合は速やかに医療機関を受診しましょう。
「薬を使いたくない」という理由で治療を遅らせると、母子ともに危険な状態になる可能性があります。
適切な治療を受けることで、多くの場合、妊娠・授乳を継続しながら回復することができます。
インターネット情報との向き合い方
インターネット上には、薬に関する様々な情報があふれています。
ある種の投薬によって赤ちゃんが発達障害になりやすくなる、などの情報も散見されます。
安全性や有害性は統計的な集計によって立証されるべきですが、個人の体験談や、一つの研究結果だけ引用して全体が危険であるといった物言いには注意が必要です。
研究のクオリティは様々であり、信頼性の高い研究結果に基づいた知識を得る必要があります。
信頼性の高い医療機関や薬剤師会のサイトを参考にし、最終的には医師に相談しましょう。
薬以外の治療選択肢
症状によっては、薬を使わない治療方法もあります。
物理療法:湿布や温熱療法、マッサージなど 。妊娠中は腹部に外力を加えたり、体温があがったり(岩盤浴、ホットヨガなど)、怪我のリスクのあるものは推奨されません。
生活習慣の改善:食事療法、運動療法、睡眠の質の向上。妊娠経過がおちついてればウォーキングや妊娠前から行っていた強度の運動は問題ないと考えられています。 授乳中の食事は母乳に影響しないというのが科学的な見解ですが、乳腺炎を繰り返す場合は偏りがないか見直してみるとよいでしょう。
代替療法:鍼灸治療(妊娠中は制限あり)やアロマテラピー。一部の鍼灸は妊娠中であっても安全に実施可能と考えられています。鍼灸師や医師にご相談ください。
まとめ
妊娠・授乳中の投薬は、慎重さが求められますが、
過度な不安から必要な治療を避けることは、かえって母子の健康を損なう可能性があります。
重要なのは、正しい知識を持ち、医師と十分に相談しながら適切な判断をすることです。
服薬にあたって不安が残る場合は、その場で医師から十分な説明を受ける必要があります。
現在の医学では、多くの薬について妊娠・授乳中の安全性に関するデータが蓄積されています。
個々の状況に応じて、リスクとベネフィットを慎重に評価することで、安全な治療が可能です。
体調に不安を感じたときは、一人で悩まずに医師や薬剤師に相談してください。
適切な医療サポートを受けながら、健康で安心な妊娠・授乳期間を過ごしていただきたいと思います。
母子の健康を第一に考え、正しい情報に基づいた判断をすることが、最も大切なことなのです。
信頼性の高い参考になるサイト
妊娠と薬情報センター https://www.ncchd.go.jp/kusuri